2011/08/04

[感想文]ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」



三行レビュー

ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」どうしてアメリカ大陸のインディアンが海をわたってヨーロッパを征服することにならなかったのか?どのようにして世界は今の姿になったのかを解き明かす。世界史の見方が変わる本。

感想

世界はどうして今のような姿になったのだろうか? 白人がアメリカ大陸の先住民族を征服したように、インディアンがヨーロッパへ渡り白人達を征服しなかったのはなぜか?紀元前11000年には同じように各大陸で狩猟採集生活を送っていたそれぞれの民族が、なぜ異なる発展を遂げ、西暦1500年に出会ったときには全く違う文明を持ち、あるものは征服する側、あるものは征服される側となってしまったのか? その原因は、究極的には、環境が全てであり、民族の優劣の差などではないと著者は説く。

ユーラシア大陸は、東西に長いため、文化や技術の伝播が早く、これが最大のアドバンテージとなった。アメリカやアフリカは南北に長く、これは文化の伝播にとってはマイナスの要因に働いた。また、人口密度を増やし集権的な政治体制を作り上げることが技術や軍事力を高める方法であり、そのためには集約的な農業を開始することが必要だった。そのための有利な材料は、ユーラシア大陸に非常に多く偏って存在した。

要約してしまえば上記のとおりの内容だが、この結論に至るまで気象学、生態学、進化生物学、地質学、古代生物学、実際に何年もニューギニアなどで暮らして行ったフィールドワークによる知見、こういった非常に広範な内容の集大成としての歴史科学の書である。実際、この本の隠れたテーマの一つは、歴史学はどこまで科学になれるか?であり、著者はエピローグで科学になれると結論付けている。

という表裏のテーマに基いて語られる本だが、超面白い。
「進化がなければ、生物学は雑多な事実の寄せ集めに過ぎない 」とリチャード・ドーキンスが言っているが、人間の歴史学において同じように一般的な法則を見出そう、という野心的な試み。既存の認識や理論との衝突が多く、そのために既存の学説への批判のために裂かれた文章の割合が多く、その辺が冗長になっている印象もある。特に下巻はその色合いが強く、上巻の10章までとあとエピローグだけでとりあえずの内容は理解できそう。

2011/08/02

[感想文]羽生善治「大局観 自分と闘って負けない心」



感想

大局観というのは将棋や囲碁の外でもたまに使われることばで、目先に囚われず大局をみる、俯瞰的にを物事をみる、という風に使われる。

しかし羽生善治の使う「大局観」にはもう少し厳密な意味がある。
ロジカルに手順をシミュレートして最良の手を探る「読み」とは異なり、むしろ「読まずに」局面を見て引くべきか押すべきかを判断し、無駄な読みをしない能力だという。論理的に説明できる「直感」とも異なり、説明しづらいものだという。

思うに、この大局観とはものの見方、考え方と言うより、熟練の職人の勘や経験に近いのではないのかと思う。精密な測定機でようやく発見できるような歪みや曲がりを職人は見たり触ったりしただけで見つけてしまうが、なぜそんなことができるのか?と聞いてもほとんどの職人は説明できない。
その理由として職人はロジカルな考え方や人にものを教える訓練を受けていないから、と考えられがちだが、ロジカルシンキングの極北とも言える棋士の頂点に立つ羽生善治が、この大局観とはロジカルな説明が難しいと言うのである。

職人の下では人が育たないというが、彼らのスキルを単純に受け渡しのできる知識のようなものと考えることに、問題があるのではないかと思い至った。
どう伝えるかではなく、どう身につけさせるかが重要ではないのか?という示唆を含んでいる。
これは将棋の師匠は弟子に将棋を教えない、という所にも通じている。

どう身につけさせるか、というヒントを将棋の世界に求めるのであれば、例えば将棋では対局の後に感想戦を行い、これが棋士にとっては非常に大きな成長の糧になるという。
これを応用すれば、終わったプロジェクトの反省会、感想戦のようなものを取り入れることには効果があるかもしれない。過去トラの集積にもなるし、自分の関わった仕事を一旦離れた視点から見ることも非常に有意義だと思う。
普通、終わった仕事のことなどはもう考えたくないと思うものではあるが…。

この本は流し読んでしまえばよくある自己啓発本のような内容とも言えるが、何か引っかかりさえ見つかれば、どこからでも新しい発見のある良い本だと思う。

2011/07/31

[感想文]多賀敏行『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史』 


マッカーサーの「日本人のレベルは12歳の子供」、パキスタンのブット外相の「日本人はエコノミック・アニマル」、等の日本人を揶揄したと取られているような発言は、文脈と語彙を辿ってみれば、実は批判的な内容ではなく、むしろ日本人を弁護する、あるいは褒める意味の言葉だった。

という内容で、日本はもっと高く評価されてるんだよ、こういう自虐的な日本観ばかりを強調したがるマスコミはどうかしてるよ!というキャッチーな主張が、前書きを読む限り込められているようだ。
一部ネット界隈では受けそうな内容だが、残念ながら「エコノミック・アニマル」とか「ウサギ小屋」にしても、既に死語の範疇に入っている。

副題の「誤解と誤訳の近現代史」という観点は非常に面白い。
例えば日米開戦前、外務省から在米日本大使館へ送られていた暗号が解読されていたが、その翻訳が恣意的に行われ、日本には妥協も交渉する誠意も見られないと取られかねない文面として、アメリカの上層部に伝えられていたという内容だ。
仮にこの翻訳が原文のニュアンスを歪めずに伝えていたとして、それで開戦が回避されたかどうかは分からないが。

このような誤訳による意思疎通の齟齬が、過去の歴史やそして現在のビジネスや交渉のシーンで起こっていないはずがないという指摘は、非常に重要だと感じた。

また、現代にも通じる誤用として、「グローバルスタンダード」という言葉が和製英語であり、日本以外では通用しないという指摘も覚えておきたい。

2011/07/29

[感想文]藤沢武夫「松明は自分の手で」



経営に終わりはないに書かれていることがほとんどだが、字が大きくて値段が高い。目新しい情報はホンダで起こった産業スパイ事件の話と、チャーチルの「二次対戦回顧録」を繰り返し読んでいたエピソードくらい。

より情報の多い経営に終わりはないを読んだほうが良いと思う。

2011/07/24

[感想文]藤沢武夫「経営に終わりはない」



概要


本田宗一郎と共にホンダの興隆を支えた藤沢武夫の手記。
宗一郎との出会いから引退までの出来事が、藤沢の視点から綴られている。
若干時系列が前後する部分があるが、概ね語り口調で読みやすい。