2012/05/13

[感想文]松本仁一「カラシニコフ」


三行レビュー

実質的にはアフリカ内戦のルポであり、カラシニコフ氏とAK47については一章のみ。元少年少女兵、「手首切り」の被害にあった一般市民、NGOやフリーの護衛兵などへの取材が元になっており、皆銃で撃たれた経験があるなど生々しい。AK47が生産性や過酷な状況下での使用において優れた銃であったために、発展途上国に普及し、小さな大量破壊兵器とまで呼ばれている現状を描いている。

カラシニコフについて


ミハイル・カラシニコフとAK47の誕生については全6章中1章が割かれているのみである。
84歳のカラシニコフに単独での取材を行った様子が描かれている。

AK47の優れた点は動作の信頼性とメンテナンス性の高さであり、それを支えているのが以下の工夫である。
・シリンダーとピストンのクリアランスが広く取られており、ゴミや火薬のカスが詰まって装填不良を起こす確率が低い
・弾丸を薬室に装填する「スライド」の重量が重く取られており、装填時の力が強く、多少の薬莢の変形などがあっても弾詰まりを起こす事がない
・薬莢が短いため(7.62×39mm)、薬莢の破れによるゴミの付着の可能性が少ない。
・部品点数がわずか8点しかないため、分解清掃が容易である

正式採用を巡ってのコンペティションでは、トカレフなどはシリンダーとピストンのクリアランスを狭く取ることで異物混入を防ぐという設計を指導していたが、結果として逆の道をとったカラシニコフの設計が最も優れていたことが証明された。

感想

当時の加工技術のことを考えれば、クリアランスを狭めれば狭めるほど要求される公差も小さくなり、生産性に大きな問題が出ることは容易に想像されるので、カラシニコフ以外に誰もこの設計思想に行き着かなかったことは不思議な気持ちがする。

カラシニコフの設計思想を水平展開して劣悪な環境下でもイージーなメンテナンスで使用を続けることが出来る民生用品の例はないかと考えたのだが、なさそうである。
ホンダのスーパーカブなどは、そのルーツはまったく異なるものの、やはり同じような利点で広く世界に普及しているとは思った。

また、2012年4月に倒産したイズマッシュ社の事情も書かれており面白い。ロシアの意向によってライセンスがばら撒かれた結果、AK47の生産は殆どが中国や発展途上国の現地工場に移転しており、この記事が書かれた2000年初頭でもすでにラインは止まりがちである様子が伺える。
営業担当が著者に「日本がAKを買ってくれる様な記事を書いてくれないか?」と頼んだエピソードなど、実に生々しくてよい。
ちなみに、日本の89式自動小銃は愛知県の豊和工業で生産しており、一丁347,000円とのことだが、AK74は120$とのことである。

アフリカ各国の内戦について


アフリカの内戦について、「失敗した国家」という表現がよく使われている。
国家建設の意思がなく、統治の機能していない国を指し、アフガンやソマリアがそうであるように、テロリストの拠点となるために国際社会にとっても問題である。
欧米諸国や中国、ロシア、そしてリビア等の思惑によって大量の武器が持ち込まれており、管理されない銃器が広く普及し、治安を悪くしている。
その結果経済活動が停滞し、国家運営に大きな支障をきたしている。
ところがソマリアの一部である、ソマリランドでは部族長達の長老会によって秩序が保たれ、武器の回収が進み、治安も維持されと活発な経済活動が生まれている。
しかし、国際社会によって一方的に線引きされたソマリアという枠でしか国家としては承認されておらず、ソマリランド共和国として承認されているわけではない。

感想

「失敗した国家」とは他国への介入に正当性を持たせたいアメリカの一方的な言い分であるような気もするが、現にジェノサイドも起こっている以上、追認してよい現状ではないと思う。
ソマリランド共和国は、住民たち自らの試みで国家の建て直しを行い、半ば成功している事例として非常に稀有な例だと思う。
なぜ成功したのか?という疑問に対しては、「長老会の説得が功を奏した」としか書かれていないが、これでは他の地域で成功せずソマリランドでだけ上手くいった説明としては不足である。






2012/05/07

[感想文]「虚飾の経営者稲盛和夫」



第一部は佐高信との対談、二部は短いルポで稲盛和夫をこき下ろしている本。
この手の個人DIS本は初めて読んだが、稲盛の自伝以上にくだらない本だった。

内容を要約してしまえば以下のとおり。
「稲盛和夫は成り上がり者で品がなく、傲慢なことこの上ない。と、匿名の財界人が言ってました。
生長の家のシンパであるし、その哲学もオカルトじみている。
ヒトラーとか礼賛してて、阪神大震災のときも『これで神戸に溜まった業が開放されて、今後は神戸は発展する』、などと言ったとんでもない人間だ」

と、この程度内容の薄い悪口雑言が続いて実に退屈だった。
確かに品はないんですよ、稲盛さんは。
藤沢武夫と本田宗一郎が立ち上げた「財団法人作行会」なんかは出資者は完全に匿名として、研究内容にも一切の縛りを設けずに学生の支援を行ったそうで、実に粋な話だと思う。
それに引き換え稲盛さんは稲盛ホールだの稲盛財団だの、自分の名を冠したハコモノ作るのが大好きだし。盛和塾なんかも信者作って君臨しててちょっと引く。
しかしこの程度の当てこすりレベルの話で本一冊出して他人を誹謗中傷しようなんて魂胆の方がよほど品がないと思う。

稲盛さんの活動に本当に重大な問題があり、そのことを指摘することが社会に益すると考えるのであれば、その点一点に絞って非難すればよいのです。それを誹謗中傷当てこすりレベルのことをたらたらと書き連ねた本にしているということは、結局致命的な追及ができるようなネタがないということであって、逆説的に稲盛さんを認めた本になってしまっている。

まあ生長の家のシンパだとか小沢一郎とくっついてるとか、そういうどうでもいい雑学は身につくけど、ほんとにそれだけのしょうもない本で、この手の本は二度と読むまいと思った。

ちなみに稲盛さんの自伝の書評はこちらです→熊と山道[感想文]稲盛和夫「ガキの自叙伝」

[感想文]稲盛和夫「ガキの自叙伝」



京セラ創業者稲盛和夫の自伝。
困難がありました!→毎日徹夜でがんばりました!→なんとかなりました!の連続で退屈極まりない。
実績は確かに凄い。
創業してIBMのサブストレートを商品化し技術力No1の地位を確立し、人工エメラルド「クレサンベール」、太陽電池 そして切削工具やメディカル分野への進出で多角化をはかり、M&Aを繰り返して第二電電(現KDDI)の創業に至る。
ただ自伝を読んでいると、僕の努力か僕のカリスマ性に感激した従業員達の努力で乗り越えました!ばっかりで辟易する。
有り体に言ってしまうと品がない。
未だ現役なので、当然自分の面子を潰すようなことは書けないという面もあるとは思うのだが…。 藤沢武夫の自伝を読んでいたときにはまったく感じなかったことである。 

いやほんとに実績は凄いし、一代でここまでの大企業を作り上げた人物を凡夫だとかまったくそんな風には思わないのだが 残念ながら非常につまらん本でありました。

2012/05/06

[感想文]サマセット・モーム「昔も今も」


概要

W・サマセット・モームによる歴史小説。

16世紀イタリア、当時フィレンツェの官僚であったマキアヴェッリは、当時イタリアの最大勢力であったヴァレンティーナ公チェーザレ・ボルジアの元に外交官として派遣される。
チェーザレはフィレンツェに対して自分への支持を明確にし援軍を送るように要求するが、チェーザレは配下の傭兵隊長達の離反により苦しい立場に立たされていたこともあり、フィレンツェ政府はマキアヴェッリにただ時間稼ぎを行うように命令する。
という史実に、商人バルトロメオの若い後妻アウレリアに一目惚れしたマキアヴェッリが彼女と寝るための策謀をめぐらせるというフィクションを加えて描く。

感想

島耕作の100倍くらい優秀な男がさらに上手の商売相手に翻弄されてプライドをずたずたにされてその悔しさをバネに文筆家としてのキャリアをスタートさせるような話。

マキアヴェッリの思考の深さ、洞察力、周到さに感心させられる。
しかもコミュニケーションスキルも超一流であり、人間的にもいい感じに下衆っぽくて、小説の主人公としては非の打ち所がない。
窮地にあるチェーザレ相手の交渉にも、決して萎縮することなく渡り合う姿など、ビジネスマンとしてこうありたいと思う見本のような男である。
塩野七生の「わが友マキアヴェッリ」でも彼の優秀さは描かれていたが、あれは解説であって、小説的描写で描かれたマキアヴェッリは新鮮だ。

マキアヴェッリがチェーザレ相手に外交交渉を行ったというのは史実である。マキアヴェッリは後に「君主論」によって思想家として歴史に名を刻むことになるが、当時は弱小国家のいち官僚に過ぎなかった。このマキアヴェッリに、16世紀初頭のイタリアの風雲児であったチェーザレがどのような感想を持ったのだろうか。

個人的には、フィレンツェも弱体な都市国家であったしマキアヴェッリに対してもそこらのザコ以上の感想は持たなかったのではないかと思う。
しかし、作中ではチェーザレは事前の調査によってマキアヴェッリが非常に優秀で利用価値のある男だと知り、ぜひ自分の幕下に加えたいと考える。
史実のマキアヴェッリならきっと大いに喜んだことだろうが、これが作中では彼の悲劇の引き金になる。

マキアヴェッリの周到に準備したアウレリアを寝取るための策略は、その全容を察知していたチェーザレの差し金によって頓挫することになる。
そして自分の駒としてしか考えていなかった従者のピエロにアウレリアを寝取られた挙句、その醜態をアウレリアの母やピエロ、等のアウレリアにまで見透かされていたことに気づいて、マキアヴェッリはいたく自尊心を傷つけられる。
よくもまあここまで意地悪な話を考えられるものである(笑)。
この話はマキアヴェッリの戯曲「マンドラーゴラ」のパロディーであり、マキアヴェッリがこのマンドラーゴラの筋立てを思いつく契機になる出来事、として描かれている。

チェーザレの思惑としては、アウレリアとヤりたきゃ俺の家臣になるしかないよ、という意図での妨害だったのだろう。しかしピエロにアウレリアを寝取らせてしまったのは、愉快なハプニングではあったのだろうが、それがマキアヴェッリのプライドをいたく傷つけることになり、裏目に出たようにも感じる。

結局マキアヴェッリはチェーザレの誘いを断り、半泣きでフィレンツェへと帰るのだが、ピエロにこの顛末を口止めすることでフィレンツェで自分が恥をかかないようにしたり、アウレリアなどたいした女じゃねえよ、とかすっぱい葡萄みたいなことを言ってみたり、なかなかに見苦しくて良い。

ラストシーン、帰途でようやくフィレンツェが見えたとき、マキアヴェッリは思わず涙する。悔しさや安堵や故郷への愛が入り混じった涙だと思う。どこか共感できる。
どこまでも故郷を愛し、故郷のために働き続けて最後は報われなかった男を描く小説として非常に良いラストである。

2012/05/04

[感想文]塩野七生「ローマ亡き後の地中海世界」



 塩野七生の大著「ローマ人の物語」シリーズ後の地中海の物語である。

概要 

西ローマ崩壊後、北アフリカやスペインに進出したイスラム勢力と、イタリアを中心としたヨーロッパ諸国との、地中海の覇権を巡る争いを描いている。 物語の主人公となるのは北アフリカを根城としたイスラム海賊達と、彼らと戦うキリスト教勢力である。

ローマ崩壊後、東ヨーロッパではビザンツ帝国が小アジアを挟んでサラセンと対峙する。 西ヨーロッパにはこれを統べる大国は生まれず、フランク王国もシャルルマーニュの死とともに瓦解する。
北アフリカはイスラム勢力の影響下に置かれ、ジブラルタル海峡を渡ってイベリア半島までを勢力下とするが、トゥール・ポワティエの戦いでフランクに破れその進撃を止めることになる。 
そんな中、北アフリカのイスラム勢力はチュニス・アルジェを拠点として地中海を挟んでイタリアと戦うことになるが、元来砂漠の民であるサラセン人は、海での戦いでイタリア人にはまったく歯が立たない。
そこで彼らの取った戦略が、小規模艦隊による略奪を目的とした沿岸部へのゲリラ戦である。
彼らは財貨を奪うだけでなく、異教徒であるキリスト教徒を攫って北アフリカに連れ帰り奴隷とする。 こうして海賊がひとつの産業として成立し、実にAD652以降、AD1800頃まで続くことになる。 
シチリア島はサラセンに占領された後、ノルマン人の騎士達によって奪回されキリスト教徒とイスラム教徒の共存時代が続きパレルモを中心として発展を遂げるが、のちにスペインの勢力下となり イスラム文化はその名残を留めるのみとなる。
 奴隷として連れ去られた人々の多くはイタリアと南仏の沿岸部に住む平民であり、身代金を払って開放されるめどもないまま「浴場」と呼ばれた収容所に入れられ過酷な扱いを受けていた。
彼らを救い出すために今で言うNPO法人のような形で「救出修道会」や「救出騎士団」組織され、集めた寄付金で彼らを買い戻して故郷に帰す、といったような活動も1800年代まで行われた。
やがてオスマン・トルコが台頭し、コンスタンティノープル陥落後は積極的に海賊達を支援して自らの戦略に取り込んでいくようになる。
海賊の頭目はオスマンの海軍総司令官の地位までも占めるようになり、全盛期を迎える。
オスマンがレパントの海戦に敗れて後は、西方への進出に消極的になった結果、海賊への支援も下火となっていくもののナポレオン戦争に至るまで、北アフリカの海賊達は略奪を続けた。

感想

中世暗黒時代を舞台とする上巻は読んでいて苦痛になるほどグダグダである。

そもそも、塩野七生の持ち味というのが、細かい記録から当時の社会や人々、その空気感までをいきいきと描く能力にあるので、もともと記録に乏しい暗黒時代の話はつまらないものになるのも当然かもしれない。

シチリア島において、ノルマン王朝のもとでイスラム教とキリスト教奇妙な共生関係となり、大いに発展を遂げるくだりは興味深い。

一方、ルネサンス時代を迎えたヨーロッパとオスマントルコの対立を舞台とした下巻は著者得意の時代ということもあり非常に面白くなる。
かなりイタリア贔屓な視点であり、イタリア人のパオロ・ヴェットーリやアンドレア・ドーリアが非常に魅力的に描かれている一方、海賊側のハイルディーンやドラグー、ウルグ・アリが面白みのない悪役のような描き方しかされていないことには留意すべきと思われるが・・・。

また、長大な割に肝心なことは著者の別著である「海の都の物語」や「レパントの海戦」で語られており、大きく省かれているので散漫な印象がある。

上巻末の「サラセンの塔」の写真集を見ているとかなり楽しい。マルタやシチリア、イタリア沿岸部を旅行するなら読んでおくといい本だと思う。
時代物としてなら下巻は「海の都の物語」を読んだほうがいい気がする。
比較的マニアックな存在だった北アフリカの海賊に焦点を当てているのは面白いが、内容の割には長い・・・。


メモ

大帝国を築くには巨大なカリスマか、社会的成熟度が必要。ローマ亡き後空白地帯だった西ヨーロッパで長らく帝国が誕生しなかったのはローマに侵入してきた蛮族の文化的なバックボーンが薄かったから。シャルルマーニュがもっと長生きして後継者に恵まれれば、カリスマ主導での大帝国は成ったかもしれない。
スペインはイザベラの時代でなくても宗教キチガイか。著者に嫌われてるのは感じる。
フランスはスペイン憎しであっさりトルコと組んだりする。戦略と節操に欠けている。
ヴェネツィアは塩野七生補正がすごい効いてる。
オスマンは意外と開放的で、イェニチェリだけでなく、海軍の提督としても積極的に元キリスト教徒のヨーロッパ人を登用してて、流れだけみてるとなんでレパントで負けたのか不思議である。
マルタ騎士団のエピソードは、彼らに焦点を当てた章では英雄的に描かれる一方で、ヴェネツィア視点で見ると中世の遺物以外の何者でもないという点が面白い。妻帯を禁じたせいで常に人員不足になっているというのは間抜け以外の何者でもない気がする。