2015/03/02

[感想文]最相葉月「星新一 一〇〇一話をつくった人」



三行レビュー

星新一の人生を描いたノンフィクション。今まで語られなかった星製薬の社長時代のエピソードまで膨大な資料の読み込みを通して丹念に描かれている。後藤新平からタモリまで、ここまで幅広い人間が関わる伝記は他にはあるまい。


感想

作家として


読書の習慣のある人で、子ども時代に星新一のショートショートに触れたことのない人はほとんどいないのではないだろうか。私も十代前半の頃は随分とのめりこみ、手に入る文庫本は全て持っていたと思う。ほとんどは手放してしまったが、今でも最初に読んだ一冊だけは大事に持っている。

「妄想銀行」。
手持ちの版は第三十二刷、平成二年十二月十日の版と書いてある。
改めて読み直してみたが、恐ろしく読みやすい。そして、すさまじい先見の明である。

たとえば、「住宅問題」という作品では、最先端のあらゆる技術を使って、生活空間に工業製品の広告が差し込まれる代わり、無料で住居が提供されるという世界が描かれている。
この時代にフリーミアムの概念を作品にまで昇華させてしまったことがまず驚きだ。そしてあらゆる手管で我々が目にするものに広告を差し込むという発想も、今こうしてインターネットを閲覧している我々には普通のことだが、この時代に他の誰が想像しえただろうか。

アイデアが優れているだけではない。この伝記の基調ともなっている「鍵」、個人的にもっとも好きな作品である「信念」など、月並みな表現だが、悲しくも愚かな人間の姿を、克明にとらえて描き出している。当時の自分には十分に読み取れなかったことが次々と見えてくる。ここまで人間というものを突き放して見ていながら、同時に人間に対する暖かい視線を感じる。改めて、凄い作家だと思う。
星新一の作品は、読みやすいから子どもでも読める、というだけの話であって、子ども向けの作品などでないことは一目瞭然である。
しかし、「子ども向け」というイメージがついてしまったことは新一を随分と苦しめたようだ。賞などからも遠ざかり、ファンからも冷たい扱いを受けるようになっていたことが読み取れる。私自身も、こうして再読してみるまで、小学生や中学生が好む作品、というイメージを持っていた。

2015年から振り返ってみれば、現代にもっとも影響力を与えているSF作家は間違いなく星新一である。読者の数が圧倒的過ぎる。
当時子どもだった世代が夢中になり、大人になって、現役世代のボリュームゾーンを占めているだけでなく、その子どもたちがまだ読んでいるのである。よくよく考えてみれば、「子どもが読む本」ということは、将来への影響力、そしてその持続性において、凄まじいポテンシャルを持っている。

新一も新井素子が登場する頃には、そのことに気がついていたようで「子どもをばかにしてはいけない」と言ったことが、この伝記にも紹介されている。

社長として


さて、星新一には作家としての顔と、もうひとつの顔がある。
戦前、東洋一の製薬会社と呼ばれた「星製薬」という会社があった。
その創業者「星一」こそ新一の父親であり、星新一は星製薬の二代目の社長である。
しかし、星製薬は他人の手に渡り、新一は上場企業の社長から
SF作家への転身を遂げることになる。

父の星一と星製薬の話については、新一が「人民は弱し 官吏は強し」「明治、父、アメリカ」という作品を書き残していることから、ファンにとっては周知の事実である。
しかし、父の没後、新一が二代目の社長となり、会社を手放すまでの話については、新一自身も「話したくない」として、一切語られることがなかった。

しかし、この本では、著者の綿密な取材から、この時期のことがかなり明らかに記されている。
実は、この本を手に取ったのも、この話を読みたかったからだ。まあ、実際読んでしまうとそれほど面白い話でもなかった。

偉大すぎた父親が急死し、巨大企業を受け継いでみれば外敵はあまりに多く、中身はぼろぼろ。政界、財界のあらゆる魑魅魍魎が跋扈する世界に、十分な準備もなしに放り込まれた若者がどうなるか、容易に想像がつく。そして、実際にその通りになったようだ。ここから無事に身を引けただけでも、かなりの偉業であると私などは思う。本人としてはまったく無事ではなかったのかもしれないが…。

人間として

物語はたいていの場合、ストーリーの絶頂と同時にクライマックスを迎え、終わるようにできている。しかし、人の一生を描いた伝記というものには、それとは少し違う、独特のパターンがある。
それは、必ず人が老いるからだ。上手に老いる人間もいれば、末期を汚す人間もいる。星新一の晩年は、どちらとも言いがたい。本書を読んだ限りでは、かなり辛い老後を送っていたように見える。

おそらく、普通にSF作家となり、一度は頂点を極め、そして表舞台を去っていったのなら、衰えながらも、穏やかな晩年を過ごしたのではないかと思う。

しかし、新一の出自はそうではなかった。
偉大な父の業績を受け継ぎ、実業家として生きることを、他人からも期待されていたし、本人もそう考えて生きていたのだろう。
しかし、その道は断たれ、SF作家という別の道を歩くことになった。
作家、それもショートショート専業という、過酷な道を自分で選んだのは、歩けなかったもう一つの道の、代償だったのではないだろうか。

それが代償となりえたのかどうか、私にはよく分からない。なりえなかったとしたら、きっとSF作家としての道を終えた後、再び、星一の息子としての、もう断絶してしまった道が、再び彼の前に現れたのではないだろうか。
もはや進むことも戻ることもできなくなった道に、老いた身で再び放り出されることになったとしたら、皮肉で、悲しい人生であったのではないかと思う。









2015/02/25

[感想文]直原冬明「十二月八日の幻影」


三行レビュー

太平洋戦争前夜、日本海軍防諜班の活躍を描いた異色のミステリ。考証を無視した荒唐無稽な要素は極力排除されながらも、この時代ならではのガジェットや仕掛けが駆使されており、エンターテインメントとしての読み応えも十分な作品である。



感想

ネタバレ要素には触れないように書く。

日本ミステリー文学新人賞の受賞作だが、諜報戦を謎解きという観点から描いたミステリとしては異色の作品である。派手なアクションや銃撃戦はなく、あくまで頭脳戦に重きが置かれている。個人的にもこういう小説が読みたかった。

タイトルの十二月八日は、言わずと知れた真珠湾攻撃の日である。
日米開戦をめぐるスパイの暗躍、というといわゆるゾルゲ事件が思い起こされるが、これは作中では「ヴァルケ事件」という直近の過去の出来事として語られ、本編の背景のひとつとなっている。
本編で起こる事件はゾルゲ事件の後に、どのような諜報戦が繰り広げられていたか?というIFの物語であり、登場人物は全て架空のものである。しかしながら時代考証は徹底されており、時代小説としての醍醐味も十分に味わえる。

また、非常に構成が巧みなことも本作の大きな魅力の一つになっている。
この人物は何者か? このシーンの意味は何か?小さな謎が幾重にも仕掛けられ、その小さな謎が解き明かされていくたびに、物語の全貌が少しずつ露になっていく。
読者が飽きずに読み進められるような工夫が徹底されており、エンタメ作品のお手本のように感じた。これが新人賞の受賞作なのだから、最近の新人賞は本当にレベルが高い。

あとは事前に何も知らずに読み進めたほうが楽しめると思うので、興味を惹かれたなら、ぜひこれ以上の情報を仕入れずに読まれるとよいと思う。